未上場企業が税制適格ストックオプション(以下、適格SO)を発行する際、「行使価額要件」を満たすための株価評価は制度設計の中核です。
2023年の国税庁Q&Aで明確化された財産評価基本通達に基づく特例方式(セーフハーバー)は、株価評価を低く抑える選択肢として注目されていますが、IPO準備企業には特有のリスクも存在します。
セーフハーバー方式の基本
セーフハーバー方式とは、同族株主等以外の者へのSO付与において、財産評価基本通達の配当還元方式等を用いて評価した株価以上で行使価額を設定すれば、行使価額要件を満たすというものです。
特徴
- 原則方式より低く評価できるケースが多い
- インセンティブ効果が高まる
- 評価手法が通達に準拠しているため、税務否認リスクが低い
IPO準備企業における株価上昇リスク
IPO準備企業では、株価が急騰するイベントが複数存在します。
- 大型資金調達(シリーズB・C)
- 戦略的業務提携や新規事業の発表
- 上場審査通過や承認発表
これらのイベント後にSOを発行すると、評価額が急上昇し、行使価額を低く設定できなくなる可能性があります。
セーフハーバー活用時の評価時期管理
セーフハーバーを利用する場合でも、以下のケースでは付与契約時の株価再評価(仮決算)が必要です。
- 直前期末から6カ月超経過し、かつ純資産価額が2倍超となっている場合
- 期末以降に増資を行っている場合(払込資金を純資産に加算して評価)
評価タイミングを誤ると、付与時点での行使価額が税務上の時価を下回り、税制非適格SO扱いとなるリスクがあります。
種類株式発行企業の追加リスク
優先株式やJ-KISS型新株予約権を発行している企業では、普通株式の評価において優先分配の影響を考慮する必要があります。
- 優先分配額を純資産から控除して普通株式を評価
- 優先株式の発行済株式数や参加型/非参加型の区別を正しく反映
- 普通株式評価額が0円の場合でも、行使価額は1円以上に設定
これらの調整を怠ると、評価額が適正でないと判断される可能性があります。
実務でのリスク回避策
- 株価上昇イベントの前倒し発行
- 資金調達や大型契約の発表前にSO発行を完了
- 付与契約日の評価時点を固定
- 契約日と評価日を一致させ、仮決算要否を事前確認
- 種類株式評価のシミュレーション
- 優先株式構造を踏まえた普通株価額の試算を事前に実施
- 税務・会計双方のチェック
- 会計上の公正価値との差額が費用計上されることを考慮してPL影響を確認
まとめ
セーフハーバー方式は、未上場企業が適格SOを柔軟に設計するための有効な手段ですが、評価時期の誤り・種類株式の取り扱い・株価急騰イベントの影響といったIPO準備企業特有のリスクが存在します。
発行計画段階から税務・会計・法務の専門家と連携し、評価要件と事業戦略を両立させる設計が不可欠です。