IPO準備企業や成長企業から、「監査役にもストックオプション(新株予約権)を付与できますか」という相談を受けることがあります。
結論から整理すると、会社法上は付与可能です。ただし、
- 税制適格ストックオプションは原則利用できない
- ガバナンス上の説明責任が重い
という2つの大きな論点があります。
本稿では、会社法・税務・実務設計の観点から整理します。
1.監査役にストックオプションを付与することは会社法上可能か?
会社法上の位置づけ
監査役も会社の役員であり、新株予約権の割当対象者になること自体は制限されていません。
ストックオプションを「報酬」として付与する場合は、会社法上の報酬規制が問題になります。
- 取締役:会社法361条
- 監査役:会社法387条
いずれも、定款または株主総会決議による報酬決定が必要です。
したがって、無償ストックオプションや有利発行に該当する設計の場合は、監査役報酬として株主総会決議が必要になります。
2.なぜ監査役は税制適格ストックオプションを利用できないのか?
多くの企業が利用する「税制適格ストックオプション」は、租税特別措置法29条の2に基づく制度です。
税制適格の主な人的要件は次のとおりです。
- 取締役
- 執行役
- 使用人(従業員)
監査役はここに含まれていません。
理由の本質
税制適格SOは「業務執行へのインセンティブ付与」が制度趣旨です。
監査役は会社法上、業務執行を行わない監査機関です。
そのため、制度趣旨との整合性がないと整理されています。
3.税制非適格ストックオプションの税務負担
監査役に無償でストックオプションを付与すると、原則として税制非適格ストックオプションになります。
その場合の課税関係は以下のとおりです。
| タイミング | 課税内容 |
|---|---|
| 権利行使時 | 行使価額と時価との差額が給与所得等として課税 |
| 株式売却時 | 譲渡所得課税 |
行使時課税は累進税率(所得税+住民税)となるため、最大約55%の税率が適用される可能性があります。
しかも、株式売却前に納税が発生するため、キャッシュフロー上の負担が大きい点が実務上の問題です。
4.監査役への付与方法の選択肢
方法① 税制非適格SOとして付与
最もシンプルな方法です。
- 手続きは通常の新株予約権発行と同様
- ただし行使時課税の負担が重い
- IPO審査では説明が求められる可能性が高い
監査役本人の税負担を十分に理解したうえで設計する必要があります。
方法② 有償ストックオプション(時価発行新株予約権)
現在、実務で最も採用されている方法がこれです。
監査役が公正価値(時価)を払い込んで新株予約権を取得するスキームです。
税務上の整理
- 取得時:課税なし(時価取得)
- 行使時:原則課税なし
- 売却時:譲渡所得課税(約20%)
「報酬」ではなく「投資」と整理できる点が大きな特徴です。
実務上の重要ポイント
- 第三者評価による公正価値算定
- 有利発行に該当しない設計
- 監査役の独立性への配慮
特にIPO準備企業では、公正価値算定の妥当性が厳しく見られます。
方法③ 監査等委員会設置会社へ移行
監査等委員は会社法上「取締役」です。
したがって、税制適格ストックオプションの対象となり得ると解されています。
ただし、
- 会社形態の変更コスト
- ガバナンス体制全体への影響
を伴うため、ストックオプション目的だけで移行するのは慎重な検討が必要です。
5.発行手続きの基本フロー
監査役への新株予約権発行も、通常のストックオプション発行と同様に進めます。
① 募集事項の決定
- 新株予約権の数
- 行使価額
- 払込金額
- 行使期間
- 取得条項 等
取締役会設置会社では原則として取締役会決議が必要です。
② 株主総会決議
- 有利発行に該当する場合
- 監査役報酬として付与する場合
は株主総会決議が必要です。
非公開会社では、募集新株予約権の発行自体に株主総会決議が必要となるケースが多いため、設計段階で整理が必要です。
③ 割当契約の締結
ベスティング、退任時の取扱い、行使条件などを契約書に明記します。
④ 登記
新株予約権の発行後、2週間以内に変更登記申請が必要です。
6.ガバナンス上の最大の論点
監査役は、取締役の職務執行を監査する立場です。
株価上昇が自己利益に直結する設計の場合、次のような懸念が生じます。
- 監査の独立性が疑われる
- IPO審査で指摘対象となる
- 投資家からの説明要求が強まる
そのため、次の観点を明確にする必要があります。
- 付与目的(専門性確保など)
- 保有数量の合理性
- 公正価値算定の妥当性
- 社外監査役とのバランス
7.実務上の結論整理
監査役へのストックオプション付与について整理すると、次のとおりです。
| 論点 | 結論 |
|---|---|
| 会社法上の可否 | 可能 |
| 税制適格SO | 原則不可 |
| 税制非適格SO | 行使時に高率課税 |
| 有償SO | 実務上有力な選択肢 |
| ガバナンス対応 | 説明ロジックが不可欠 |
まとめ
監査役にストックオプションを付与すること自体は制度上可能です。
しかし、
- 税制適格は利用できない
- 税制非適格は税負担が重い
- ガバナンス上の慎重な設計が必要
という構造的制約があります。
そのため、IPO準備企業では有償ストックオプション(時価発行新株予約権)による設計が実務上の中心となっています。
制度設計は、会社法・税務・資本政策・上場審査の観点を横断して検討する必要があります。
監査役付与は、単なるインセンティブ設計ではなく、ガバナンス設計そのものの問題であるといえます。
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