2023年以降、信託型ストックオプションに対する税務当局のスタンスが明確化されたことで、「税制適格SO」だけでなく、「税制非適格SO(1円SO)」の位置づけも改めて見直されています。
税制非適格SOは、設計自由度が高い一方で、税務・会計・資金繰りの観点から注意すべきポイントも多い制度です。本コラムでは、FAQ形式で整理します。
- 税制非適格SO(1円SO)ってそもそも何か
- 税制適格SOとどこが違うのか
- 会計・税務上どのように処理されるのか
- どのようなケースで実務上活用されているのか
Q1 税制非適格ストックオプションとは?
税制非適格ストックオプションとは、会社の役員・従業員に対して、労務提供の対価として付与されるストックオプションのうち、税制適格要件を満たしていないものを指します。
- 税制適格SOのような
・付与対象者の範囲
・権利行使期間(2年超〜10年以内)
・年間権利行使価額(1,200万円以下)
といった厳格な要件は課されません。 - その代わり、課税関係は次のとおり、2段階の課税となります。
・権利行使時:給与所得(または退職所得)として課税(累進税率・最大約55%)
・株式売却時:譲渡所得として課税(申告分離課税・約20%)
制度としては「柔軟だが、税務面では重め」という性格を持っています。
Q2 1円ストックオプションとは?
「1円ストックオプション」とは、行使価額を1円など極めて低い価格に設定するタイプの税制非適格SOです。
- 行使価額:1円
- 権利行使時の株価:仮に1,000円
であれば、ほぼ1,000円分のキャピタルゲインが、権利行使時点で一気に生じるイメージになります。
実務上、税制非適格SOを採用する会社の多くは、この「1円SO」の形で設計しており、
「税制非適格SO=1円SO」
と理解されている場面も少なくありません。
Q3 税制非適格SOの課税タイミングはどうなる?
付与対象者側の課税の流れを、シンプルに整理すると次のとおりです。
- ストックオプションの付与時
- 無償でストックオプションを受け取るが、通常は課税なし
- 譲渡制限が付されているため、付与時点では経済的利益が実現していないと評価されるのが一般的です。 - 権利行使時
- 算式:
(権利行使時の株価 − 行使価額) × 株式数
が給与所得または退職所得として課税
- 原則は給与所得として総合課税(他の給与と合算・最大約55%) - 株式売却時
- 算式:
(売却価額 − 取得価額〔=権利行使時の株価〕)× 株式数
が株式の譲渡所得として課税(約20%の申告分離課税)
ポイントは、キャッシュイン(株式売却)より前の権利行使時点で、すでに多額の税負担が発生し得るという点です。
Q4 税制非適格SOのメリットは何か?
税制非適格SOの主なメリットは、次の2点に集約されます。
1 年間1,200万円の権利行使限度額がない
税制適格SOでは、1年間に行使できるストックオプションの行使価額の合計が「1,200万円以下」であることが要件です。
- IPOを目指すスタートアップなど、株価上昇の期待値が高い会社では、
この上限がインセンティブ設計上の「枠」となってしまうことがあります。
これに対し、税制非適格SOにはこの制限がないため、大きなキャピタルゲインを見据えたプランを組むことができます。
なお、税制適格SOにおいて年間1,200万円を超えて行使してしまった場合、
- 超過分だけが非適格になるのではなく
- その年に行使した当該部分全体が非適格と判定される
- いったん非適格に転じると、その後条件を満たしても適格に戻れない
といった扱いになる点も押さえておくべきポイントです。
2 権利行使期間に上限・下限がない
税制適格SOでは、付与決議から2年超10年以内という**「行使期間の枠」**が決まっています。
税制非適格SOにはこの制限がないため、例えば
- 「在籍中はいつでも行使可能」
- 「退職時のみ行使可能(退職型1円SO)」
- 「一定の業績達成後から行使可能」
など、会社ごとの報酬ポリシーに合わせた柔軟な設計が可能になります。
Q5 税制非適格SOのデメリットは?
主なデメリットは、次の3つです。
- 課税が2回発生する
- 税率負担が重くなりやすい
- キャッシュインより先に税金を払う必要がある
1 課税が2回発生する
税制適格SO・有償SOは、基本的に株式売却時の1回の課税で済みます。
これに対し、税制非適格SOは
- 権利行使時(給与所得等)
- 株式売却時(譲渡所得)
の2回課税となるため、トータルの税負担が重くなりやすい構造です。
2 税率負担が重くなりやすい
税制適格SOの株式譲渡益は、所得水準に関係なく一律約20%の申告分離課税です。
一方、税制非適格SOでは、
- 権利行使時は給与所得として総合課税(最大約55%)
- 売却時も別途約20%の譲渡所得課税
となるため、高額報酬者ほど負担が重くなりやすい傾向があります。
そこで実務上は、**退職時にしか行使できない「退職型1円SO」**として設計し、権利行使時の所得区分を退職所得にすることで、2分の1課税等の特例を活用するケースが多くなっています。
3 キャッシュイン前に税金を払う必要がある
権利行使の時点では、株式を取得しただけで売却はしていません。つまり、
- 手元に現金収入はないのに
- 権利行使益に対する所得税・住民税の納税義務だけが先に発生する
という状況になり得ます。
付与対象者個人にとっては、行使タイミングと資金繰りを慎重に考えないと、思わぬ納税負担に直面するおそれがあります。
Q6 会社側の会計処理はどうなる?
税制非適格SO(1円SO)を役員・従業員に付与した場合の会計処理は、次のように整理されます。
〔例〕
- 行使価額:1
- ストックオプションの公正な評価額:900
- 付与日から権利確定日まで:3年
- 権利行使可能期間:3年〜15年
1 付与日〜権利確定日
ストックオプションは「株式報酬」としての性格を持つため、公正な評価額を権利確定までの期間にわたって費用計上し、対応する金額を新株予約権として計上します。
- 1年目
株式報酬費用 300 / 新株予約権 300 - 2年目
株式報酬費用 300 / 新株予約権 300 - 3年目
株式報酬費用 300 / 新株予約権 300
(900 ÷ 3年 = 毎期300)
2 権利行使時(新株発行)
- 権利行使時
預金 1 + 新株予約権 900 / 資本金等 901
3 失効時(行使されなかった場合)
- 行使期間満了時(全て失効)
新株予約権 900 / 新株予約権戻入益 900
なお、非上場会社の場合、公正な評価額の算定が難しいことも多く、**割当契約時の株価と行使価額の差額(≒現在行使した場合の価値)**を合理的な見積りとして用いる方法が認められています。
Q7 税務上の取扱い(個人・法人)は?
1 個人(付与対象者)側の取扱い
- 付与時
通常は課税なし(譲渡制限付きで経済的利益が実現していないと評価) - 権利行使時
(権利行使時の株価 − 行使価額)× 株式数
が給与所得または退職所得として課税
原則は給与所得ですが、「退職時のみ行使可」とする退職型設計の場合は退職所得として2分の1課税等の対象となります。 - 株式売却時
(売却価額 − 取得価額〔権利行使時の株価〕)× 株式数
が譲渡所得として約20%の申告分離課税
2 発行会社(法人)側の取扱い
会社が役務提供の対価として付与した税制非適格SOについては、
- 付与対象者側に給与所得または退職所得として課税事由が生じた時点で
- その分を損金として認識することが可能
となります(役員の場合は、別途「事前確定届出給与」や「業績連動給与」の要件を満たすよう制度設計するのが通常です)。
会計上は株式報酬費用を期間按分で計上しますが、法人税申告では、
- 給与等課税事由が生じるまで:加算
- 課税事由が生じた段階:減算
というかたちで調整を行い、別表14(三)「新株予約権に関する明細書」の添付が必要となります。
3 源泉徴収・社会保険のポイント
- 源泉徴収
権利行使時の所得は給与または退職所得となるため、会社には源泉徴収義務が生じます。行使時には現金支払いがないため、源泉所得税を別途徴収する実務フローをあらかじめ設計しておくことが重要です。 - 社会保険
ストックオプション行使益は、健康保険・厚生年金保険の「賃金」には含めない扱いとされており、標準報酬月額の算定対象外です。不要な保険料負担が生じないよう、給与計算担当とも認識を合わせておく必要があります。
Q8 どのようなケースで活用されているか?
税制非適格SOは、税率・2段階課税・資金繰りの問題から、万能の制度ではありません。実務上の典型的な活用パターンは次の2つです。
1 退職金代わりの「退職型1円ストックオプション」
退職時にしか権利行使ができない設計とすることで、権利行使益を退職所得として取り扱い、2分の1課税などの特例を活用するケースです。
- 通常の給与として受け取れば高い税率がかかるはずの金額を
- 退職所得として受け取ることで、税負担を大きく軽減
できます。いわば「株価連動型の退職金」としての位置づけです。
2 税制適格SOが途中で非適格に転じるケース
当初は税制適格SOとして付与したものの、
- 年間行使価額1,200万円の制限を超える行使をしてしまった
- その他の税制適格要件を満たせなくなった
といった事情により、途中から税制非適格扱いになるケースです。
この場合、要件を満たさない行使分については非適格となり、いったん非適格に転じた後は、要件を満たす状態に戻っても税制適格に再区分されない点に注意が必要です。
Q9 税制適格SOと税制非適格SOの比較イメージ
最後に、主な項目ごとの比較を簡単に表で整理します。
| 項目 | 税制適格SO | 税制非適格SO(1円SO) |
|---|---|---|
| 制度の性格 | 報酬型インセンティブ | 報酬型インセンティブ |
| 行使価額 | 付与時の時価以上 | 任意(1円等の低額設定可) |
| 年間行使価額 | 1,200万円以下の制限あり | 制限なし |
| 行使期間 | 付与決議から2年超10年以内 | 法令上の制限なし |
| 個人の課税 | 付与時:なし/行使時:なし/売却時:譲渡所得(約20%) | 付与時:通常なし/行使時:給与または退職所得(最大約55%)/売却時:譲渡所得(約20%) |
| 源泉徴収 | 不要 | 必要 |
| 会社側の損金算入 | 原則不可 | 給与等課税事由発生時に損金算入可(役員は事前確定届出給与等の要件要) |
| 設計の自由度 | 税制要件の範囲内で設計 | 比較的自由度が高い |
まとめ:税制非適格SOは「ピンポイントで使う」制度
税制非適格ストックオプション(1円SO)は、
- 税制適格SOの要件に縛られず、
- インセンティブ設計の自由度を確保できる一方で、
- 二重課税・高い税率・キャッシュイン前の納税といった負担を伴う制度
です。
特に、
- 退職金と組み合わせる「退職型1円SO」
- 税制適格SOの要件を外れた結果としての非適格化
といった場面での活用が中心となります。
自社のステージ(上場・非上場)、将来の株価の見通し、対象者のポジションや報酬ポリシー、会計・税務処理の実務負担などを総合的に踏まえたうえで、
- 税制適格SO
- 税制非適格SO(1円SO)
- 有償ストックオプション
- 信託型SO
をどう組み合わせるかを検討することが重要です。
導入を検討する際には、会社法・会計基準・税務を横断した観点からの設計が不可欠となりますので、具体的なスキームを詰める段階では、専門家への個別相談を前提に進めることをおすすめします。
