優先株式を発行するスタートアップ企業がストックオプション(以下SO)を設計する場合、株式の階層構造が存在することにより、評価や税制適格要件の充足が複雑化します。
特に、税制適格ストックオプションの「行使価額要件」を満たすかどうかは、税務・会計・法務にまたがる実務設計の要であり、評価方法を誤ると最悪の場合、税制非適格(給与課税)と判定されるおそれがあります。
本コラムでは、種類株式を発行している未上場企業がSO制度を設計する際に直面しやすい、5つの実務的落とし穴について解説します。
落とし穴①優先株式の存在を無視して普通株式を一律評価してしまう
税務上、税制適格SOの行使価額は、株式の「時価」以上に設定する必要がありますが、種類株式を発行している場合、普通株式の評価は種類株式の内容を反映して個別に算定する必要があります。
【よくある誤解】
- 「会社全体の純資産を普通株式で頭割り」 → ❌NG
【正しい考え方】
- 優先株式に残余財産の優先分配がある場合、まず優先分配額を控除
- 残余を普通株式にプロラタ(株数按分)で配分し評価
これは、配当・残余分配の構造に応じた正当な時価形成であり、評価通達でも明示されています(Q&A問7参考3)。
落とし穴②発行済株式数を「直前期末時点」で固定してしまう
ストックオプションの評価においては、行使価額と比較すべき株価はSO付与時点における普通株式の価額です。
そのため、評価に使う発行済株式数も、SO付与時点の実数を用いる必要があります。
【注意すべき点】
- 優先株式の分配が非参加型(=優先分のみ)の場合
→ 分母は「発行済普通株式数」のみを使用 - 優先株式が残余配分に参加する場合(参加型)
→ 分母は「全株式数(優先+普通)」を用いる
ここを誤ると、普通株式1株当たり価額の算定を誤り、税制適格要件違反となるリスクがあります。
落とし穴③仮決算が必要なケースを見落とす
未上場企業では、通常、直前期末の決算データをもとに評価を行うことが多いですが、以下のような場合には、仮決算を組んで株価を再評価しなければなりません。
【仮決算が必要となるケース】
- 直前期末から6か月超経過しており、かつ
- 純資産価額が直前期末の2倍超になっている
もしくは、
- SO付与前に増資を行っている
このような場合に仮決算を組まず、旧データで評価した行使価額が税務上の時価を下回ると、税制非適格とされる可能性があるため、実務上は非常に重要な判断ポイントです。
落とし穴④普通株式の評価がマイナスになった場合の対応を誤る
事業立ち上げ直後や赤字決算が続いているフェーズでは、純資産価額がマイナス(債務超過)となることもあります。
この場合、普通株式の価額は0円と評価されますが、権利行使価額は「1円以上」で設定する必要があります。
これは税務上の備忘価額の取り扱いであり、行使価額0円は不可です。
【ポイント】
- 評価額が0円 → 税務上の行使価額は「任意の正当価額(1円以上)」
- 会計処理上は、この「1円と評価額との差額」が株式報酬費用になることも
落とし穴⑤J-KISSなどの新株予約権を“普通株式扱い”してしまう
近年スタートアップ企業で活用されているJ-KISS型新株予約権や優先分配付きのSAFE型スキームは、法律上は新株予約権でも、経済的実態としては「優先株式」相当です。
税務上も、「残余財産の優先分配が設定されている新株予約権は、優先株式として取り扱って差し支えない」と明示されています(Q&A問7)。
【重要】
- J-KISS新株予約権=優先株として評価・分配を処理
- 普通株式評価額の計算時には、J-KISSに対する分配分を控除して残余を計算
J-KISSやSAFEを考慮しないまま評価してしまうと、実態と乖離した不適切な評価となり、課税上の問題・適格性判断ミスを招く恐れがあります。
種類株式があるなら、株価評価は“個別精査”が大前提
種類株式を発行している未上場企業においては、評価構造自体が複層的であるため、通達上認められた「特例方式」であっても、形式的な算定ではリスクを免れません。
とくに税制適格SOの設計では、
- 1株当たり価額の妥当性
- 行使価額が適正に設定されているか
- 評価資料が税務・監査に耐えられる内容か
これらを事前に精査・立証できるスキーム構築が不可欠です。
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